命の大切さ、心のやさしさ、人間の本当の強さ・・・
あなたは子ども達にどう伝えますか?


これまでに取り組んだ鑑賞事業とその感想

子どもたちの心はすこやかに育っているのでしょうか?(委員長記より抜粋)

<バーチャルな世界で育った子どもたちの現状>

●生の舞台をリモコン操作しようとする子どもたち
  「全国の子どもたちに、生の舞台を届けたい」という思いで、北は北海道から南は九州まで、トランク片手に旅をしているパントマイマーの村田美穂さんが、ある保育所で出会った光景です。
「ロボットのマイムをしていたときのこと、その迫真の演技に少しこわくなったのか、一人子どもが『ピッ』という声をあげました。すると、間もなく会場のあちこちから『ピッ』『ピッ』という声が聞こえはじめたのです。なんだろう・・・と思ってよく見ると、リモコンの音をまねしながら、私の動きを止めようとしているのです

●舞台の上の主人公を応援しなくなった子どもたち
 週休二日制の導入に伴い、授業時間の確保という名目で、小中学校での観劇会が減っていますが、その中でも観劇会を企画・実施している学校が、いくつかあります。しかしその現場での子どもたちの反応の変化に、演劇関係者の人達は少なからずとまどいを感じています。
 たとえば、舞台の上の主人公が悪者に追いかけられた場面では、以前なら「どっちに逃げた?」と、問いかける悪者に対して「あっち!」と必ず反対の方向を指さしていた子どもたちが、今は主人公の逃げた方角を指さし「やっちゃえ!」と叫び、その自分の声で周囲の子どもたちが笑ってくれることを喜ぶ子供が増えている・・・というのです。
 子どもたちが、日常見ているテレビ番組などで、弱者がいじめられることをギャグにしたり、さまざまな暴力シーンを一方的に与えられたりしている影響でしょうか?

●リセットボタンはないの?と、尋ねる子どもたち
 ある日、子どもが大切に飼っていたかぶとむしが死んでしまいました。どうやってなぐさめようか・・・と悩んでいた母親に、その子が「大丈夫、リセットボタンを押せば、また生き返るんでしょう?」と尋ねたという話があります。冗談ではない本当にあった話です。テレビゲームの世界では主人公が何度死んでも、リセットボタンを押せばもう一度やり直せます。
 バーチャルの世界に育った子どもたちには人や動物が傷つくということの本当の意味が理解できないのです。

<子どもたちの『心』の成長に危機感を持った大人たち>

●始まりは一人の母親から
 それは九州の福岡から始まりました。
 今から約40年前の昭和30年代に、高度成長とともにテレビが急速に普及し、子どもたちの遊び場であった空き地がどんどん失われ、それまであたりまえのように地域の中でたくさんの大人たちに囲まれ、異年齢集団を作りながら育ちあっていた子どもたちが、どんどん地域から姿を消していきました。
 その様子に、子どもたちが危ない、危機感を抱いた一人の母親が、周囲の母親たちや、地域の大人・青年に声をかけて始まったのが「劇場運動」です。

●かけがえのないパートナーたち
 母親たちは、地域の大人や青年を巻き込みながら、子どもたちが心豊かに育っていくために、何が必要か、ということを一緒に考えました。
 そして、一方通行の媒体であるテレビからでは決して伝わらない、人と人とのエネルギーのぶつかりあいによって感動を体験するために、生の舞台を鑑賞する『鑑賞例会活動』。 また、それとともに子どもたちの心の成長にかかせない「遊び」の部分では、異年齢の子どもたちが、自分たちを主役にして行う「子どもまつり」「デイキャンプ」「ファミリーキャンプ」「高学年キャンプ」などさまざまな『自主活動』を活動の二本の柱と考え、その運動は全国に広がっていきました。
 その活動を支えるために、不可欠だったパートナーはは未来担う子どもたちのことを一緒に考える地域の大人や青年たちであり、また一方では子どもたちに豊かな文化を提供しよう、とその年齢にふさわしい作品を作り上げ提供してくれる創造団体(劇団)の人達の存在でした。

●児童演劇では食べていけない?
 演劇を志す人達の間では、「児童演劇に首を突っ込むな」という教訓があるそうです。
 なぜならば、大人を対象にした商業演劇の世界では、少々チケットが高くても、それを見たい大人自身が自分で支払うのだから観客は動員できるが、対象が子どもとなると、1つの作品にかかる経費や労力は商業演劇である児童演劇であれ同じなのに、「子ども相手の芝居」ということで、いくら子どもが見たい!と思っても、お金を支払う親や大人が、高いチケット料金を支払ってまで見せない、だから児童演劇では食べて行けない、というのです。

●子どもたちにこそ本物の文化を
 では、なぜ、食べていけないとwかっていても、私たちのパートナーである劇団の人達は児童演劇の世界にこだわるのでしょう。
 ある地方公演の時、2・3歳の幼児が、目の前で繰り広げられる人形劇の世界に引き込まれ目を輝かせながら集中している様子に感動していた私たちに、『どんな観客よりも乳幼児が一番よいものとそうでないものを見分ける目を持っているのですよ』と劇団の人が言われました。
 子ども相手だからこそ自分たちのやっていることの真価が問われるのだともいわれました。
 ひとつひとつのステージで毎回違う子どもたちとの出会いがあり、その子どもたちの輝く笑顔や素直な反応に一度触れてしまったら、その魅力に取りつかれてしまうのです。

●共に育ち会う空間
 劇団の人達だけでなく、その企画を運営する大人たちもまた、例会会場で出会う子どもたちの笑顔の素晴らしさのとりこになってしまいます。
 そして、同じ空間でたくさんの仲間と感動を共有することで、わが子だけでなく子どもたちが互いに感性を育て合うのだということを学んで行ったのです。
 しかし、その育ちは、学校の成績のように目に見える結果としては現れません。心を育てることの大切さを共感してくれる仲間を増やし続けるということは、とても大変な道のりでした。

●物質文明によって蝕まれる子どもたちの文化環境
 その後の40年で、子どもたちを取り巻く環境は、テレビだけでなくビデオやテレビゲームの普及、加熱する受験競争による塾通いの低年齢化など、急激に変化していきました。
 多くの企業や、メディアは、子どもたちとその親たちを消費の一番大きな顧客と考え、玩具メーカーや教育産業がどんどん進出してきました。
 大人達は、さまざまな情報に振り回され、子どもたちに必要だ・・・と言われるものを与えることが、子どもたちをより良く成長させるのだと誤解し、子どもたちの『心の成長』に目を向けることを忘れていきました。
 そしてその結果がいじめや学級崩壊、不登校の増加、少年犯罪の多発、ひいては児童虐待によって幸せに生きる権利を奪われてしまった子どもたちの増加・・・という今の社会状況を産みだしてしまったのです。
 身体は年齢とともに成長していきます。けれども心や感性は、それが育つための栄養=文化を与え続けなければ決して豊かに育っては行かないのです。
 文明だけが先行し、文化が取り残されているのが、今の子どもたちを取り巻く環境なのです。

<心を育てるために必要な栄養>

●他者とのふれあいの中で育ち合う心
 子どもたちは、その身体がいきなり大きくならないように、その心もまたいきなり大人にはなりません。
 身体が健やかに育つためにさまざまな栄養が必要なように、心が育つためには、その年齢にふさわしい多くの出会いが必要なのです。
 乳幼児期の子どもたちは、まだ自分と他者との区別がつきにくい年齢です。そういう時期だからこそ、目の前の人形達の世界にハラハラドキドキすることができるのです。 人形を操っているのが別の人だ・・・ということが見えていても、人形だけの世界に入り込むことができるとても大切な時期なのです。
 そしてそんな経験を積み重ねていきながら少しずつ現実と非現実の世界の区別を意識するようになっていきます。この経験こそが創造力を生み出す原点なのです。
 画面の中でまるで実際の映像のように繰り広げられるバーチャルな世界しか知らない子どもたちには、その意識の世界から次の世界へ成長する機会がありません。
 そういう段階を経て、小学校低学年になると、非現実の世界を意識しながらも創造力を駆使しながら舞台の上の登場人物と自分をだぶらせ、その主人公の気持ちに同化したり、現実の自分に戻ったりしながらその空間を楽しむことができるようになります。
 舞台の上でいじめられている主人公の気持ちに共感したり、反対にいじめっ子の気持ちになったりしながら、他者の気持ちを想像する、ということを学んでいきます。
 そして高学年になると、今度はその作品が何を伝えたいのか?そのことを自分たちの日常に置き換えながら、より客観的に鑑賞できるようになります。
 継続的に鑑賞を続けるということは、子どもたちの心にさまざまな栄養を与え続ける、ということなのです。
 さらに、そのような企画に一生懸命関わる親たちと共に育ち、劇団の人達とかかわりながら、搬入搬出の手伝いや、受付や会場準備の手伝いを経験してきた子どもたちの中からは、自分たちで企画運営をしたい!と考える子どもたちも育ってきます。

●一方通行ではない出会いを
 生まれたときからテレビやビデオなどからの一方通行の出会いばかりを経験してきた最近の子どもたちは、他者とのコミュニケーションをとることがとても苦手です。
 また、カプセル子育て・公園デビューなどの言葉に表されるように、子育てをするお母さんたちもまた、他者とのふれあいに臆病になっています。
 生の舞台の最大の魅力は、演じ手と受け手(観客)の心の交流、つまりエネルギーのぶつかりあいにあります。
 その日の観客の反応によって舞台は様々に変化します。
 また、ビデオと違い、その一瞬を見逃したらもう一度再生することはできません。そんな心地よい緊張感の中で、子どもたちは集中力を学んで行くのです。

<例会会場での子どもたちの輝き>

●参加することで育っていく心
 私たちの鑑賞活動(例会)では、大人だけでなく子どもも運営の大事なスタッフの一員です。
 小さい子どもたちは、終了後のカーテンコールに舞台に上がって劇団の人達にプレゼントを渡す順番が来るのを心待ちにしています。
 少し大きい子どもたちは、受付に立って大人と一緒にお客様を迎えます。
 乳幼児対象の地域公演などでは、小学生も立派な会場係として、小さい子どもたちのお世話をしてくれます。
 また、託児ワークショップの講習を受けた中高生達は、託児ボランティアとして活躍してくれます。
 そうやって子どもたちは、自分たちのできることで運営に参加しながら、社会参画を自然に学んでいくのです。

●たくさんの仲間と同じ空間・感動を共有することで育ち合う心
 テレビやビデオを見るということはあくまでも一人ひとりの個の空間で、一方通行の感動です。
 それに対して、大きな会場で、生身の人間が演じる舞台をたくさんの仲間と一緒に体験するということは、自分1人の心の動きだけでなく、周囲にいるたくさんの人達の心の動きを体感することができます。
 舞台の上の人物と一緒にドキドキワクワクすることや、同じ会場にいるたくさんの仲間と一緒にドキドキワクワクすることで、心は大きく揺さぶられ、想像力や創造力が育っていきます。
 会場作りから運営まで大人と一緒に参加している子どもたちにとって、例会はとても大切な空間です。
 みんなでこの空間を大切に楽しもう!という意識の中では、決してやじや罵声は聞こえてきません。
 小さな子から大きな子まで、みんなと一緒に楽しむために、自然に会場でのマナーや互いが気持ちよく鑑賞できる方法を学んでいくのです。

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