これまでの表現活動


<ザ・がくげいかい>

はじまり・・・・
それは今からもう10年以上も前のこと・・・・

「このごろ、学芸会ってやらないよね?」「学習発表会ていうのはあるけどねぇ…」「運動会の花形っていうのもいたけど、学芸会のときには妙に張り切る花形の子っていたよね!」「うんうん!いたいた(笑)」・・・・
それは、昔々小学生だった、おばさんたちの会話。
「ねぇ!学校でやらないんだったら、私達がやろうよ!!」「おもしろそうだねぇ!やろうやろう!!」

その頃は、まだ“可部おやこ劇場”という団体で、地域ごとに分かれたブロックや、仲良しのメンバーが集まるサークルの活動がとても盛んだった。
「どうせやるなら、各ブロックごとに、出し物を決めて、できるだけたくさんの子ども達が参加できるようにしたいね!」ということになり、各ブロックで、趣向を凝らした出し物が連なっていた。

いまだに忘れられないのは、可部南ブロックの“フラダンス”・・・今はなき安井さんが、ブロックのみんなを引き連れて、腰みのを振りながら踊る姿に、子ども達は、恐怖に顔を引きつらせながら(?)大笑いをしていたっけ。

いまでは、人形劇クラブの持ちネタになっている“ぐりとぐら”の初めての公演も、【学芸会】での可部南ブロックのメンバーの出し物だった。
♪僕らの名前はぐりとぐら♪っていう歌を、誰も知らないはずなのに、可部南の子どもたちが大合唱しているのを見て、不思議な気持ちなったっけ…
後から聞いたら、誰も知らなかったんだって…でも、自分達のブロックの出し物だから、一生懸命応援してくれたんだって。

可部ブロックの定番は、手話コーラスとハンドベル。当時、聾唖の会員さんがいたので、みんなが知ってる歌を、手話に変えてもらったりして、一緒に歌った。知らない人が見ていたら、誰も彼女が耳が不自由だなんて気づかなかったよね。

三入の子ども達も、飯室の子ども達も、亀山の子ども達も、大人のリードで、連日地域の公民館で練習して、元気一杯にその成果を発表してくれた。
今から思うと、今、“空”で頑張っている子ども達は、その頃まだ、幼稚園や小学校の低学年だったんだよね・・・

会場の飾りつけや、本番前の持ち寄り昼食も、みんなみんな楽しかったよね。
しかし、数回続いたその企画も、様々な事情で立ち消えになっていた。


そして…2001年

伝説の「ザ・がくげいかい」が復活しました!

学芸会2001


それから3年・・・・
もっと大きな舞台で発表したい!!
子ども達のそんな夢が実現しました!

「ザ・学芸会2004」